東京地方裁判所 昭和45年(ワ)9902号 判決 1972年2月09日
原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 永塚昇
同 川尻治雄
被告 乙山一郎
右訴訟代理人弁護士 栄木忠常
同 森勇
主文
一 被告は原告に対し、金一三三、六八一円およびこれに対する昭和四五年一〇月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金五七三、七九五円およびこれに対する昭和四五年一〇月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一)1 原告と被告はいずれも慶応義塾大学の学生で、横浜市内の日吉台学生ハイツに居住していた者であるが、右両名は昭和四五年五月二〇日午前一時頃、右ハイツの一階エレベーター前ホールにおいて些細なことから口論した。
2 その際被告は原告に対し、故意に次の如き暴行を加えた。
(1) 手拳で原告の左眼付近を強打した。
(2) 前記ホール内にあった傘立より引抜いた傘で原告の頭部を殴打した。
(二) 被告は前記暴行により原告に対し、頭部縫合三針を要し、血腫形成を伴い、約二週間の加療ならびに経過観察を要する頭部打撲裂創の傷害を負わせた。
(三) 原告が右傷害のために蒙った損害は次のとおりである。
1 治療費(合計金九二、七二五円)
原告は日吉中央病院に入院し治療を受け、その後慶応病院で精密検査を受けた。
(1)入院治療費 金七〇、三五五円
(2)入院中雑費 金 九、三九〇円
(3)医師謝礼 金一二、九八〇円
2 原告の両親の看護費 (合計金一三一、〇七〇円)
原告の両親は札幌に住んでいたが、直ちに上京し原告の看護に努めた。
(1)飛行機による往復の旅費 金 五四、〇七〇円
(2)宿泊費 金 四〇、九三三円
(3)交通費 金 一〇、七九〇円
(4)通信費 金 一八、〇六五円
(5)その他雑費 金 七、二一二円
3 慰謝料 金三〇〇、〇〇〇円
原告は前記受傷により約五日間絶対安静を余儀なくされ、その間受傷部位が頭部であるため脳内出血や各種後遺障害に対する恐怖感に苦しんだ。これに治療後も丁度頭髪の分け目に当る受傷部位に約一センチ四方の醜状が残ったことによる苦痛も併せると、原告の本件傷害による精神的苦痛を慰謝するためには、前記金額が相当である。
4 弁護士費用 金五〇、〇〇〇円
以上により、原告は金五二三、七九五円を被告に対し請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、前記金額を手数料として支払うことを約した。
よって原告は被告に対し、以上を合計した金五七三、七九五円およびこれに対する昭和四五年一〇月一六日から支払ずみまでの民事法定利率による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)1の事実は認める。
同(一)2のうち(1)は否認し、(2)は殴打部位を頭部とする点は不知、その余の事実は認める。
(二) 同(二)は不知。
(三) 同(三)1の事実中、原告が日吉中央病院に入院し治療を受けた点は認め、その余は不知。同(三)2および3は不知、4は被告が弁済をしていないことは認め、その余は不知。
三 抗弁
(一) 本件は、被告が日吉台学生ハイツの自動式エレベーターを押しボタンで呼んで五階から一階に降りようとしたところ、四階で右エレベーターに乗り込んだ原告およびその友人の訴外丙川明が非常時用のボタンを操作してエレベーターが五階に上がるのを妨げ、そのまま一階へ降りてしまったことに端を発し、一階で原告らに追いついてこれを咎めた被告に対し原告らが暴言を浴びせ、両名共謀のうえ丙川が被告を殴打し、原告も傘で突然被告の頭部を殴りつけたので、被告はこれら二名の暴行に対して自己の身体の安全を守るためやむを得ず反撃行為に出たものであり、被告の行為には違法性がない。
(二) 仮にそうでないとしても、
前述のとおり本件の発端を作り出した上、先に侵害行為を行なったのは原告側の二名であり、又被告も傷害を負い、双方共手段として傘を用いているので、本件は喧嘩両成敗として法律的に不問に付すべきである。
(三) 仮に右(一)および(二)が認められないとしても、本件は前記のとおり原告らがエレベーターを勝手に操作し、これを咎めた被告に暴行を加えたことが原因となったもので原告の受傷については原告の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁の事実中、原告および丙川がエレベーターの非常時用のボタンを操作して一階に降りたため、五階にいた被告に咎められたことが本件の発端となったことは認め、その余は否認する。
第三証拠≪省略≫
理由
一 請求原因(一)1の事実は当事者間に争いがない。
二(一) 被告が前記ハイツ内のエレベーターで五階から一階に降りようとしたところ、四階で右エレベーターに乗った原告とその友人である丙川明が上昇途中のエレベーターの非常時用のボタンを操作し下降に切換えてそのまま一階に降りたので、上の階で待っていた被告が一階で原告らを咎めたことについては当事者間に争いがない。
(二) ≪証拠省略≫を総合すれば、原告および丙川は被告が右のように抗議したのを無視して立去ろうとしたので被告は原告の肩に手をかけて引止めたところ、丙川が被告を一階ホール内のドアに押付けて拳骨で殴ったこと、被告と丙川がもつれ合っているところで原告が仲に入り被告の名前を聞き、又被告も同様に以前エレベーターのボタンの切換えをやったことがあるのを指摘して謝罪を拒否したこと、被告は更に原告と丙川に対し謝罪を要求して激昂し原告の顔面を殴打したこと、そして被告は付近の傘立から傘を抜いて両名に相対し、一方丙川は別の傘立から傘を二本抜いて一本を原告に手渡したが、原告がこれで被告の頭部を殴打したところ、被告は原告を同ホールの壁の方に押して行き、その頭部を傘で連打したこと、そのため被告の用いた折たたみ式の傘が折れたことが各々認められる。
(三) ≪証拠省略≫によれば、請求原因(二)の事実および原告は右傷害のため昭和四五年五月二〇日から同月二八日まで日吉中央病院に入院し治療を受け、その後は一回通院し、又慶応病院で脳波の検査を受けたことが認められる。
三 そこで進んで抗弁(一)ないし(三)につき判断する。
前記認定の事実からすると、最初に暴力を振ったのは原告に同行していた丙川であるとはいえ、その後さらに口論から互いに傘を持って喧嘩闘争に入った際、被告が原告に傷害を負わせたもので、加害の際原告も傘で攻撃していても、右被告の加害行為は喧嘩闘争の過程において加えた反撃行為であるから、これを以て正当防衛と解することはできない。
ところでこのように、被告の本件傷害行為は喧嘩の際の行為であり、相手方が二名で、傘での攻撃は原告の方が先であるけれども、たとえこれに応戦するにせよ、相手方の頭部を傘でそれが折れるほど強く連打するという行為は、決して違法性の乏しいものとは言えず、被告は本件傷害について不法行為上の責任を免れえないものと言わなければならない。よって前記抗弁(一)および(二)はすべて理由がない。
しかしながら、前記認定の如く、原告には丙川と共同して右被告の加害行為を誘発した過失があると認められるから、原告に対する被告の賠償額の範囲については、民法七二二条二項の規定に基づき原告の右過失を斟酌すべきであると解する。
四 そこで請求原因(三)について判断する。
(一) 入院治療費
≪証拠省略≫を総合すれば、原告の両親は日吉中央病院に入院治療費として金七〇、〇三五円を支払い、また脳波の検査を受けるについて、北大辻教授、順天堂大高橋教授、慶応大教授に対する謝礼として合計金九、〇五〇円の出捐をしたことが認められる。
右入院治療費は本件事故による損害であり、又医師に対する謝礼も、原告の病状に鑑みそのうち金三、〇〇〇円は本件事故と相当因果関係にある損害と見るのが相当である。更に原告の傷害の程度を勘案すると、入院中の日用品の購入費用として少なくとも一日金三〇〇円程度は必要であったと考えられ、原告の入院期間九日分を積算すれば、合計金二、七〇〇円程度の出捐を余儀なくされたであろうと推認される。
以上の損害額を合計すると金七五、七三五円となるが、これについてはその全額を被告に賠償せしめるを相当とする。
なお、請求原因(三)1において原告の主張するその余の損害は本件全証拠によるもこれを認めるに足る証拠はなく、原告のこの部分についての請求は認められない。
(二) 原告の両親の看護費
≪証拠省略≫を総合すれば、原告の両親は原告を見舞うために札幌、東京間を飛行機で往復し、その旅費として金五一、六〇〇円を出捐したことが認められ、本件傷害の程度に照らせば、このうち国鉄特急二等で右区間を一名が往復した場合の運賃相当額である金一一、六二〇円の限度においては本件傷害と相当因果関係のあるものと解される。
≪証拠省略≫によれば、原告の両親は原告の看病のため昭和四五年五月二二日から同月三一日まで東京で宿泊し、そのうち二晩は前記学生ハイツで、四晩はホテルで、一晩はそれ以外の宿泊施設で、それぞれ料金を払って宿泊したことが認められる。前記運賃同様、そのうち一人分についてのみ、その宿泊料を相当因果関係の認められる限度において賠償の対象たるべき損害と認むべきところ、その額は、ホテルに宿泊した分については一泊三、〇〇〇円、その他の宿泊施設については実際に支出されたと認められる金額(学生ハイツ一泊一、〇〇〇円、五月二八日の分一泊一、三〇〇円)をもって相当とするから、合計一五、三〇〇円となる。
請求原因(三)2で原告の主張するその余の損害については、その具体的内容、数額、本件加害行為との相当因果関係の存否が本件全証拠によっても明らかでないから、この部分についての原告の請求は理由がない。
ところで前述の如く、被告の加害行為を受けるについては原告にも過失があったと認められるから、以上の合計額二六、九二〇円の三分の二にあたる一七、九四六円(円未満切捨て)を被告に賠償せしめるのを相当とする。
(三) 慰藉料
本件被告の侵害行為発生の事実関係および原告の治療経過は前述のとおりであり、又≪証拠省略≫によれば原告の前記傷害は治癒し、傷跡は頭髪中に残存するのみであることが認められるが、これらを衡量斟酌すれば、原告の本件傷害に基づく精神的苦痛は、金二〇、〇〇〇円の金員の支払を受けることにより慰藉されうるものと考えるのが相当である。
(四) 弁護士費用
以上により原告は金一一三、六八一円を被告に対し請求しうるものであるところ、≪証拠省略≫によれば、被告が任意にこれを弁済せず、このため原告は弁護士たる本件訴訟代理人に対し、本訴訟を委任するに当り、報酬として金五〇、〇〇〇円を支払ったことが認められる。しかし前記のような原告の取得すべき賠償額等諸般の事情に鑑み、本件加害行為と相当因果関係ある損害としての弁護士費用の額は、金三〇、〇〇〇円をもって相当とすべく、さらに前述の過失相殺により被告に賠償を求めうるのはその三分の二に当たる二〇、〇〇〇円と認めるのを相当とする。
五 よって、被告は原告に対し、以上認定にかかる損害額合計金一三三、六八一円の支払義務を負っているのであるから、原告の本訴請求は、被告に対し右金員とこれに対する昭和四五年一〇月一六日から支払ずみまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを認容し、その余は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条前段を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 加茂紀久男)